独身30歳“犬に追っかけ回される”の巻き【東南アジアチャリ旅#4】
今日はテント泊することを決めていた。
人生2度目のワット・マハータート(仏教寺院の廃墟)を堪能し、アユタヤをあとにする。
アユタヤから北へ、70kmほど自転車を進めるとシンブリーの町がある。
何事もなく町に着く。
日が暮れ、テントが人目につかなくなってから寝床を作ろうと思っていた。
町をひと通り回り、辺りはだんだんと暗くなりはじめる。
テントを張る場所を決めていたのでそこへ向かう。
到着し自転車を降りると、大通りを隔てた向こう側から、犬の鳴き声が聞こえる。
1匹が吠えているともう1匹加わり吠え出す。
どちらも黒犬である。
私と黒犬の間にある道路は、車やバイクが行き交っている。
その状況でも黒犬のうち1匹は今にもこちら側に来そうな勢いがある。
「テント張ってる時に犬に来られても面倒くさいし、ここに張るのはやめよう。」
その場から離れても1匹の黒犬は、縄張り意識が強いためか吠え続けている。
身を隠し、しばらくすると黒犬は吠えるのをやめる。
「テントどこに張ろう…。」
ここより南側にテントを張れるような場所もなかったので、北に進もうと決める。
しかし北に進むには、黒犬をやり過ごさなければならない。
「まっ、車道にはたくさん車が行き交ってるし、ただ通るだけだから問題ないか。」
その判断が甘かった。
自転車を漕いで通ろうとすると1匹の黒犬が私に気づき、座りながら吠え始める。
もう1匹も私を視野に捉え、耳をピーンとさせ吠えながら道路際まで走って来る。
しかし、道路には車がバンバンと行き交っているので、私には少しの油断があった。
耳をピーンとさせた黒犬は、道路をガツガツと走って、こちらに物凄い勢いで向かって来るではないか。
車やバイクが行き交っている道路をものともせずに…。
座っていた黒犬は、相方のそれを見て
「えっ!?行くんかいっ‼︎」
とビックリした様子で、咄嗟にその場で立ち上がるものの、相方にはついていけず、吠えるだけで精一杯といった様子。
私は自転車を漕ぎながら、横目でその光景をみて
「俺もお前と同じ気持ちを抱いてるよ。」
「えっ!?来るんかいっ‼︎」
と。
縄張り意識高い方の黒犬が車とバイクを掻き分け、こちら側の通りに来るのはあっという間だった。
…自転車の速度メーター時速20km…25km…30km…
自転車を全力で漕ぐ。
「本気と書いてマジ」とかではなく
「必死と書いて必死」である。
シンプルに「必死」だ。
自転車の速度メーターが時速35kmを越えたところで、いきり立った黒犬は耳をピーンとさせたまま止まった。
黒犬は、やらたと荷物を持つ二輪車にまたがった敵を縄張りの外に追い出すことに成功したのだ。
いきり立った黒犬の縄張り意識の外へと出た私には、そのまま北へ進むしか選択肢が残っていなかった。
辺りはすっかり暗くなり、照明灯の光も薄暗い。
優雅にタピオカミルクティを飲みながら、日暮れを待ち遠しく感じていたあの頃の自分を懐かしく思う。
タピオカミルクティを飲みながらLINEで友人に
「トラブル?全然ない!むしろ現地の人が優しくて逆に助けてもらってる。」
と送っていたあの頃を懐かしく思う。
辺りが薄暗い今、こう思う。
「人じゃない。犬だ。」
東南アジアに来て初トラブルは、人によるぼったくりでもスリでもない。
人ではなく、犬だった。
耳がピーンとなり、いきり立った黒犬だった。
いきり立った黒犬。
あいつには長としての責任感があった。
自分たち犬一族のテリトリーを侵そうとしている敵を縄張りから追い出したのだ。
私からすれば、
「勘違いも甚だしい」
である。
あいつら犬は、病気持ちだ。
狂犬病を持っているかもしれない。
病気持ちはルール違反である。
病気さえ持っていなければ、闘える。
病気を持ってるから接触は避けたい。
相手にとって“ただの威嚇”であろうと、言葉の通じない相手では“万が一”がある。
結局、テントを張るのは諦めた。
なぜテントを諦めたのか?
犬のテリトリーが多すぎるからだ。
いくら北へ進めど、犬に吠えられ追いかけ回される。
川の向こう岸、町の中、寺院の前、橋の上、ガソリンスタンド…。
横になってるだけの温厚な犬もいた。
そういう犬は、自分の縄張りは侵されないと理解しているのだ。
「縄張りが侵される」
と臆病になっている若い衆ほど、過剰に吠え、仲間を集め、追いかける。
犬からすれば、“よく分からない乗り物に乗った独身30歳のジャパニーズ”は、恐怖の対象でしかないのだろう。
テントを諦めた私は、現在地から北にある一番近いホテルを予約した。
ホテルはここから15km北に位置していた。
タピオカミルクティが懐かしいシンブリーからホテルまでの区間、狂犬病を持っているであろう臆病な犬の集団にたくさん出くわした。
犬かと思ったら、葉っぱの塊だったり、物陰に怯えながら、犬かと思ったら…
大体が犬だった。
時折ある「バッファロー(ツノの生えた牛)出没注意」を意味した黄色の看板にも過剰反応し、物陰から出てこないか想像し怯えながら自転車を漕ぐ。
今思えば、ちょっとしたパニック状態にあったと思う。
結局、犬のグループ、8集団に吠えられ、4集団に追いかけられた。
15km先のホテル付近に着く。
鏡を見ずとも自分の頬がげっそりしているのが感じ取れた。
ホテルが位置する場所にガソリンスタンドがあった。
「やっと着いた…。」
とほっとしたが、そこにも犬がいた。
過剰反応し止まってしまった。
それに犬も反応し吠え始める。
ガソリンスタンドにいた青年が、あたふたしている私に気づき、声をかけてくれる。
ホテルの名前を伝えると、その青年はホテルはガソリンスタンドの奥にあることを教えてくれ、先導してくれる。
心強い味方をつけた私は、何食わぬ顔を装い、犬の横を歩いて通り過ぎる。
ホテルは、犬のいないとても居心地の良い安堵感のある場所となった。
シャワーを浴び、少し休息し、ふとタイヤを確認してみると前輪がパンクしている。
ガソリンスタンドに着いた時は、確実にパンクしていなかった。
「ホテル着くまで保ってくれたんだ。」
「前輪チューブありがとう。」
心の中でそう思った。
帽子を洗っていると
「有難う」
と、自然と帽子にまで感謝をしていた。
もともとアユタヤからシンブリーまで70km進む予定が
狂犬病恐怖症(ワクチンを打っていても噛まれたら病院に行き3回注射を打たなければならない。ちなみにワクチンを打っていなければ7回打たないといけない。注射を打つことよりも、病院までの道のりが険しくて厄介である。)のお陰で、プラス22km走行し、合計92kmと無駄に進んだ1日となった。
もともと走るつもりはなかったが、夜の東南アジアを自転車で走るのはもううんざりだ。
怖すぎる。
今後、テントの使いどころはあるのだろうか…?
なくても良い。
おしまい。